遺伝子操作マウスにおいて人工的に症状を作り出す方法が主流であったここ10年のアルツハイマー病の研究は、人間の患者に有効な治療法を発見できておらず、効果的な治療の発見を遅らせていると、Drug Discovery Today に掲載された新たな論文が指摘している。
ヒューメイン・ソサイエティー・インターナショナル(Humane Society International, HSI)の上級科学顧問のジル・ラングレー博士により執筆されたこの論文は、ヒト以外の生物学を基盤とした研究ではなく、ヒト生物学を基盤とした最先端の技術を活用したものに移行する形で、アルツハイマー病の研究における根本的なパラダイム転換を呼びかけている。試験管内で培養された、実際に機能するヒトの脳細胞、神経画像検査やゲノミクス等の次世代ツールにより、細胞や組織レベルから身体全体に及ぶまでのアルツハイマー病に至る発病の「経路」を分析する研究の新たな枠組みの基盤を作り出さなければならない。
ラングレー博士は次のように述べている。「アルツハイマー病は、誤った条件を誤った動物で研究するという従来のアプローチが未だに主流となっている疾患研究の分野の一つである。このアプローチの問題は、10年も遺伝子操作マウスを用いた取り組みを続けてきて、動物に対して有効な治療法の候補が300以上発見されたにもかかわらず、これらの治療法が一つも人間の患者に対して有効ではなかった点にある。今後40年間で英国だけでも150万人がアルツハイマー病にかかることが予測されている中、成果が出ない動物モデルに重点を置くことは、時間と資源の無駄で、持続性に欠けているとしか言いようがない。」
「この消耗性脳疾患を解明したいのであれば、アルツハイマー病を発病するプロセスを研究するために最新の研究ツールを活用できるような、新たな研究ロードマップに着手しなければならない。患者から採取したヒトの脳細胞の培養から神経画像検査技術や発症機序を再構築するために複数のデータを統合できるようなスーパーコンピューター等を用いることにより、アルツハイマー病が何故発生し、どのように治療すべきかについて理解できるよう、疾患をヒト生物学の枠組み内でマッピングすることができる。これらの先進の技術は、この人間固有の疾患について、動物モデルでは達成し得なかった深い理解を可能にする。」
アルツハイマー病の研究では、ウサギ、イヌ、サルを含むいくつかの動物が扱われてきた。しかし、過去20年間における主流の動物モデルは、不完全なヒト遺伝子を導入され、実際の疾患に似た症状のいくつかを再現できる遺伝子導入マウスである。問題は、人工的に発症させたいくつかの症状を全て足しても本当のアルツハイマー病と同等のものにはならず、したがってこれらのマウスで作り出した条件は、発生する要因、その後の疾患の進み具合、そして一連の症状においてヒトの疾患とは異なるということである。
哺乳類の脳には基本的な類似性があるが、マウスと人間が別々の進化の道筋をたどったということは、我々の脳に遺伝子上、タンパク質上、化学的性質上、そして生理学上差異があるということである。これを示す鍵となる例は、アポリポ蛋白Eである。このたんぱく質は、晩発性アルツハイマー病のリスク要因として立証されている唯一のたんぱく質であるが、ヒトとマウスにおいてその構造や機能が異なる。遺伝子導入マウスを用いた記憶テストをもとに患者に対する薬の効果を予測する取り組みも、結果にばらつきがあり解釈が難しいため、繰り返し失敗に終わっている。
概念的思考や実践における変化が長年の懸案である。ヒト生物学に重点を置くことにより、種による差異という問題を回避することができ、患者から採取した細胞を使うことにより、本当の意味でのヒトの疾患のモデルとなる。病気を引き起こす発病の経路や鍵となる事象を明らかにすることで、創薬のための新たな「標的」を特定することができ、またアルツハイマー病とパーキンソン病等、異なる病気の関連性を解明することもできる。
動物を使った研究では難しい、患者一人一人への効果を最大限に高めるための個人のためにあつらえた薬を作ることも、将来的に実際に実現できるかもしれない。アルツハイマー病の患者に真の希望を与えるためには、動物「モデル」を改善するというコストのかかる取り組みから離れ、21世紀の科学モデルや技術をさらに開発、精査、導入する方向に資金の流れを変える必要がある。
以上
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ラングレー博士はインタビューへの対応もできます。HSIのEUコミュニケーション・ディレクターのウェンディー・ヒギンズまでお問い合わせください。
+44 (0)7989 972 423, whiggins@hsi.org
注釈
Drug Discovery Todayで公表されたジル・ラングレー博士の論文もご覧ください。Langley, G.R. Considering a new paradigm for Alzheimer’s disease research. Drug Discovery Today (2014). doi: 10.1016/j.drudis.2014.03.013